大阪地方裁判所 昭和45年(ワ)822号 判決
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〔判決理由〕一 原告がつぎの登録実用新案(本件実用新案)権を訴外黒石義忠と共有していることは当業者間に争いがない。
登録番号 第七七五四二一号
考案の名称 洋服カバーを兼ねる包装袋
出願日 昭和三八年二月二三日
出願公告 昭和三九年一〇月二四日(昭三九―三一五五七)
登録日 昭和四〇年七月三一日
実用新案登録請求の範囲「本文に詳記したようにビニール膜などの適当な薄膜を両側から折り返した正面に合せ目を形成しこの部分をホックで止め、上下両端を塞いで、その中央にそれぞれハンガーの挿込孔を形成した袋の上下いずれか一端の合せ目の側にハンガー挿込孔を同質材でポケットに形成したものを具有する洋服カバーを兼ねる包装袋。」
二 被告摂津工業株式会社が(イ)号物件を製造しこれを被告株式会社大丸に売渡し、同被告がこれを一般に販売している事実は当事者間に争いがない。
三 (イ)号物件が本件実用新案の考案構成要件たる登録請求の範囲に記載せる要件を具備しているかどうか検討する。
1 本件実用新案が、ハンガーに吊した洋服等を掩うビニール膜など適当な薄膜の洋服カバーであり、しかも、そのまま、カバーを上下2つ折りにして鞄状に提げうる考案に関するものであることは本件実用新案公報の全記載に徴して明らかなところであり、(イ)号物件もまた右の技術に関するものであることは(イ)号図面ならびに説明書の記載から認められる。
2 ところで、両者を対比すると、先ず、本件実用新案においては、洋服カバーの正面合せ目の止め具にホックを採用しているが、(イ)号物件においては同所の止め具はチャックである。しかし、ホックとチャックとは、本件実用新案の考案における使用目的から言つて同効であり、当業者が実施にあたり任意に選びうる均等手段と認めるのが相当である。本件実用新案公報中に右認定を妨げるような記載は見当らない。
3 つぎに、携行に便利なため、本件実用新案においては、洋服カバーを2つ折りにしてハンガーの肩部を掩つているカバーの上に、更に袋を冠せて2重に掩う着想のもとに、カバーの一端の合せ目の側にハンガーの挿入孔を同質材でつくつた別体のポケットに形成したものを具有せしめる構成を採用したのに対し、(イ)号物件においては、洋服カバー下方を全幅にわたり水平に切裁しその切目にチャックをつけ、これを開くときはチャックより下部はポケットの機能を果す構成になつており、これを携行の際洋服カバーを2つ折りにし、ハンガーの肩部を掩つているカバーの上に、チャックより下部を冠せて2重に掩はしめるためのものであることは明らかである。このように、洋服等を吊したハンガーの肩部を2重に掩うときは、これにより中に収納された洋服に肩部全幅にわたり保形上有益な作用効果をもたらすことは容易に期待しうるところである。そこで、原告は(イ)号物件において、カバーの下部に全幅に亘り水平開口部を設けこれにチャックをつけて開閉自在にした構成は、本件実用新案における同質材のポケットをカバーの一端に具有せしめた技術と均等あるいはこれを改良したものであると主張し、被告はこれに対し、右両者の技術は具体的構成が全く異るから、たとえ作用効果において共通するところがあつても、均等あるいは侵害となるべき改良の技術とみるべきではないと抗争するので考察する。
実用新案公報、昭和三三年一月一八日出願、昭和三四年一二月一二日公告、実公昭三四―二〇四三〇によると、「合成樹脂シートによる下端に開口を有し一面を開閉具により開閉自在とした袋筒体内に、上下コ形梁杆を中部梁杆と共に連繋環により折畳自在に装設してその上下提手部を袋筒体外に突出させ、上部コ形梁杆の提手部側に吊環及びハンガー杆をそれぞれ吊架してなる洋服ケースの構造」が、
実用新案公報、昭和三四年一二月三一日出願、昭和三六年八月四日公告、昭三六―二〇〇三七によると、「側部に開口部を備えた服カバーの上下辺にそれぞれ上下嵌着脱し合う数組の嵌合片を固着し、かつ上辺の中央部にハンガーの鉤弦挿孔を穿設して成る折畳み式服カバーの構造」が、いずれも、本件実用新案出願時公知となつていた事実が認められる。
以上の認定事実によると、ビニール等薄膜からなる洋服カバーであつて、かつ、中にハンガーで吊した洋服など収納したままこれを2つ折りにし、ハンガーの吊手をカバーの外に顕出させ、手提鞄の如き形状にして携行に便ならしめるという技術思想は、本件実用新案の考案者が始めて考案したものではなく、出願時既に公知であつたのであり、本件実用新案の考案者は、右べ公知の技術思想の上に立つて、携行の際従来の如く単に2つ折りにして重ねるだけではなく、洋服等吊したハンガーを掩つているカバーの部分を更に上から同質材で掩つて2重にカバーするという着想のもとに、その具体的手段として、本件実用新案登録請求の範囲に記載せる如く、同質材のポケットを別体につくつて、これをカバーの他端側に具有せしめる構成を採用したものと認められる。
(イ)号物件において、チャックを附した水平開口部を設けた技術は、本件実用新案の右の着想と同様の思想を用いていると認められるけれども、その具体的手段として、本件実用新案の如き別体に構成したポケットをカバーにつけることをせず、洋服カバーの中央より下部に、チャックをつけた水平開口部を設け、チャックを閉じたときは、チャックより下部は洋服カバーの一部を構成するが、チャックを開くとチャックより下部はポケットとなり、カバーを2つ折りにした際その部分をハンガーの存する部分に冠せることができるようになつている。したがつて、右両者の具体的構成は全く異るといわなければならない。
そして本件実用新案公報中には(イ)号物件の構成についてはなんら触れていないのみならず、(イ)号と全く同じ構成の洋服カバーにつき本体実用新案権の共有者の一人である黒石義忠より昭和四二年六月二日実用新案登録出願をしたところ、昭和四五年一二月一五日公告になつている事実に鑑みると、本件実用新案出願時当業者の常識において、本件実用新案の願書による開示から(イ)号物件にみられるチャックをつけた水平開口部の構成が推考容易であるとは推断できないといわなければならない。そうすると、(イ)号の右構成を本件実用新案におけるポケットと均等であるとの原告の主張は採用することができない。
(イ)号物件に用いられている着想は登録実用新案が採用している前記着想を採用するものであり、しかもその着想は実用新案の考案者の創造にかかるものであるとしても、(イ)号物件の具体的構成が実用新案の登録請求の範囲に記載の考案構成要件と比較し均等の要件を欠くと認められ畢竟(イ)号物件は実用新案の考案構成要件の一部が全く欠如していると認めるべきときは、その技術は実用新案の考案を利用するものではなく、これとは同列の別個のものと解すべく、これを用いる行為を実用新案権の侵害であると認めることはできない。けだし、実用新案登録請求の範囲に記載の物品の形状、構造又は組合せに係る考案に対し上位に認め得られる技術思想は、登録請求をした考案あるいはこれから当業者が出願時に推考容易な考案という具体的解決方法において保護されるのであつて、これを離れ、上位概念的技術思想がそれだけで独立して保護されるものではないからである。
四 (一)原告は、(イ)号物件と同様の考案について昭和三八年一〇月一六日実用新案登録の出願をしたところ、本件実用新案と同一の考案であるとの理由で登録が拒絶されたのであつて、この事実は、(イ)号物件が本件実用新案の構成要件をすべて充足していることを示す旨主張するが、<書証>によれば、右原告主張の登録出願が拒絶された事実は認められるけれども、右出願にかかる考案は「適当な材料で造つた袋の一面を延長してこの延長部の先端に覆い袋を形成し、袋に品物を入れた後覆い袋を折返して袋の底に冠せるようにした包装袋」であつて、右覆い袋は(イ)号物件におけるチャックをつけた横向き合せ目のチャックを閉じると洋服カバーの構成の一部となり、チャックを開くと右覆い袋の役目を果すという2つの異つた機能を兼ね備えているものとは同一ではないから、右登録出願にかかる考案が(イ)号物件と同一考案であることを前提とする右原告の右主張は採用できない。
(二)また、原告は、被告摂津工業株式会社が(イ)号物件について昭和四一年一〇月五日実用新案登録の出願をしたところ、右出願は、本件実用新案の合せ目の開閉具ホックをチャックとした点の外は全く本件実用新案と同一構造である実用新案登録第七六六五四一号(実公昭三九―三一四八六)の考案からきわめて容易に考慮できるものであるとして、登録が拒絶査定されたのであつて、この事実は、(イ)号物件が本件実用新案の構成要件をすべて充足していることを示す旨主張する。しかし、<書証>によれば昭和四三年一月三一日原告主張の如き理由で被告摂津工業の出願が拒絶査定された事実(現在審判に係属中)は認められるが、他方、成立に争いのない乙第八号証によれば右被告摂津工業の出願日より後である昭和四二年六月二日本件実用新案権を原告と共有している黒石義忠が同じく(イ)号物件と同一考案についてなした実用新案登録につき、特許庁審査官は昭和四五年一二月一五日拒絶の理由を発見し得ないものと認め昭四五―三二八四三号をもつて公告をしている事実が認められるのである。してみると、特許庁は(イ)号物件と同一の考案についてなされた2つの実用新案登録出願に対し全く相反する取扱いをしているのである。したがつて特許庁が被告摂津工業の右出願につき拒絶査定をしたとの事実は目下のところ特許庁の統一的見解とみることはできないので、原告の主張を支持する資料とはなし難い。
五 そうすると、本件実用新案の右必須要件を欠く(イ)号物件を被告らが製造、販売する行為はなんら本件実用新案権を侵害するものではないから、侵害することを前提とする原告の本訴請求は失当として棄却する。
(大江健三郎 近藤浩武 庵前重和)